サブスクリプションモデルの普及により、顧客の継続利用が収益の鍵となる現代ビジネスにおいて、カスタマーサクセス体制の構築は企業成長の必須条件です。
本記事では、カスタマーサクセス体制を構築する5つのステップと重要KPI、代表的な組織モデルを解説し、成功企業の事例から実践のポイントをお伝えします。
カスタマーサクセスの基本情報
カスタマーサクセスとは、「顧客が製品やサービスを最大限に活用し、期待した成果を得られるよう能動的に支援する活動」です。従来の受動的なカスタマーサポートとは異なり、顧客の成功に焦点を当て、解約防止だけでなく、顧客のビジネス成果向上を目指す取り組みです。
また、近年、国際的企業のマーケティング戦略において「顧客の経験価値」を高めることが再購買につながると言われています。(参照:日本経済新聞,顧客経験 企業の狙い目に,2025/4/30)
以上のことからカスタマーサクセスを向上することは非常に重要な企業成長の条件となっています。
カスタマーサクセス体制構築の5ステップ
効果的なカスタマーサクセス体制を構築するためには、以下の5つのステップを順番に実行していくことが重要です。
カスタマーサクセス体制構築の5ステップ
- カスタマージャーニーマップの作成
- 組織体制と役割の明確化
- タッチモデルの設計とリソース配分
- ヘルススコアとKPIの設定
- 人材確保とテクノロジー導入
ステップ1:カスタマージャーニーマップの作成
カスタマーサクセス体制構築の第一歩は、顧客がどのようなプロセスを経て製品・サービスを活用し、価値を得ているかを可視化することです。
カスタマージャーニーマップを作成することで、顧客の視点からサービス利用の全体像を把握し、効果的な介入ポイントを特定できます。特に、「導入期」におけるサポートを充実させることで、早期の価値実現を促進し、解約リスクを低減させることができます。
ステップ2:組織体制と役割の明確化
カスタマーサクセスには様々な役割と機能が必要です。自社に合った組織体制を設計し、各役割の責任範囲を明確にしましょう。
また、カスタマーサクセスは単独で機能するものではなく、他部門との密接な連携が不可欠です。
初期段階では、既存の部門(営業やサポートなど)の一部としてカスタマーサクセス機能を立ち上げるケースも多いですが、事業成長に伴い独立した部門として確立していくことが一般的です。
ステップ3:タッチモデルの設計とリソース配分
限られたリソースを最大限に活用するためには、顧客セグメントごとに最適なアプローチ(タッチモデル)を設計し、適切にリソースを配分することが重要です。
主に以下のようなタッチモデルが挙げられます。
タッチモデル | 対象 | 特徴 | リソース |
ハイタッチモデル | 戦略的大口顧客、複雑な導入が必要な顧客 | 専任CSMによる手厚いサポート、定期的なレビューミーティング | 1人のCSMが5-20社程度を担当 |
ミディアムタッチモデル | 中規模顧客、一定の成長ポテンシャルを持つ顧客 | 複数顧客を1人のCSMが担当、重要イベントに合わせた介入 | 1人のCSMが20-100社程度を担当 |
ロータッチモデル | 小規模顧客、標準的な利用パターンの顧客 | ウェビナーやメールを活用したグループアプローチ | 1人のCSMが100-500社程度を担当 |
テックタッチモデル | 超小規模顧客、非常に多数の顧客 | 自動化されたメール、インプロダクトメッセージ、セルフサービスリソース | 1人のCSMが500社以上を担当 |
多くの企業では、これらのモデルを組み合わせたハイブリッドアプローチを採用しています。例えば、契約額や成長ポテンシャルに応じて顧客をセグメント化し、上位20%にハイタッチ、次の30%にミディアムタッチ、残りの50%にロー/テックタッチというような配分です。
ステップ4:ヘルススコアとKPIの設定
顧客の健全度を測定するための指標「ヘルススコア」と、カスタマーサクセス活動の成果を測定するKPIを設定します。
ヘルススコアの設計は以下の通りです。
項目 | 内容 |
重要な行動指標の特定 | 製品利用頻度核となる機能の活用度ユーザー増加率最終ログイン日時サポート問い合わせ頻度 |
指標の重み付け | 各指標の重要度に応じて重みを設定業界や製品特性に合わせてカスタマイズ |
スコアの計算方法の確立 | 0-100点のスケールで数値化閾値の設定(健全:70-100、注意:40-69、危険:0-39など) |
アクションプランの策定 | スコアに応じた介入策を事前に設計自動アラートの設定 |
ヘルススコアを活用することで、リスクのある顧客を早期に特定し、先手を打った対応が可能になります。
また、カスタマーサクセスの成果を測定するための主要KPIを設定しましょう。次のセクションで詳述しますが、主に以下の5つが重要です。
- LTV(顧客生涯価値)
- チャーンレート(解約率)
- アップセル・クロスセル率
- NPS(顧客推奨度)
- リテンションレート(継続率)
これらの指標を定期的にモニタリングし、PDCAサイクルを回すことで継続的な改善が可能になります。
ステップ5:人材確保とテクノロジー導入
カスタマーサクセス体制を効果的に機能させるためには、適切な人材の確保と育成、そして効率化のためのテクノロジー導入が不可欠です。
カスタマーサクセス体制に適切な人材のスキルとして、コミュニケーション能力、問題解決力、データ分析力、プロジェクトマネジメント、 顧客業界の知識、製品専門知識が必要となります。
業務効率化と顧客体験向上のための適切なツールと活用項目は以下の通りです。
ツール | 項目 |
CRMシステム | 顧客情報の一元管理顧客とのコミュニケーション履歴管理営業との情報共有 |
カスタマーサクセスプラットフォーム | ヘルススコアの管理顧客ジャーニー管理活動の自動化 |
分析ツール | 顧客行動の分析予測分析(解約リスクなど)ダッシュボード作成 |
コミュニケーションツール | メール自動化インプロダクトメッセージウェビナー・オンライン会議ツール |
ナレッジベース・ヘルプセンター | セルフサービスリソースFAQや使い方ガイドトレーニング資料 |
ツール導入は目的を明確にし、段階的に進めることが成功のポイントです。すべてを一度に導入するのではなく、まずは基本的なCRMやカスタマーサクセスプラットフォームから始め、徐々に拡張していくアプローチが効果的です。
カスタマーサクセス体制構築で押さえるべき5つのKPI
効果的なカスタマーサクセス体制を維持・発展させるためには、以下の5つのKPIを継続的にモニタリングすることが重要です。
- LTV(顧客生涯価値)
- チャーンレート(解約率)
- アップセル・クロスセル率
- NPS(顧客推奨度)
- リテンションレート(継続率)
これらのKPIは相互に関連しており、バランスよく管理することが重要です。例えば、NPS向上のための施策がリテンションレート向上につながり、最終的にLTV増加に寄与するといった好循環を生み出すことを目指しましょう。
1. LTV(顧客生涯価値)
顧客が契約期間中に生み出す総収益から、その顧客の獲得・維持コストを差し引いた値です。
基本的には「平均月間収益 × 平均顧客継続月数」で算出しますが、より精緻に計算する場合は以下の式を用います。
LTV = (平均月間収益 × 粗利率 – 平均月間サービスコスト) × 平均顧客継続月数
業界平均や過去実績を参考に設定します。一般的にはCAC(顧客獲得コスト)の3倍以上が健全とされ、年間10〜20%の向上を目指すことが多いです。
2. チャーンレート(解約率)
一定期間内に解約した顧客の割合です。
期間内の解約顧客数 ÷ 期首の総顧客数 × 100
業界により異なりますが、一般的にはB2Bサービスで年間5〜7%、B2Cサービスで10〜15%以下を目指します。
3. アップセル・クロスセル率
既存顧客による追加購入・契約の割合です。
アップセル/クロスセルした顧客数 ÷ 総顧客数 × 100
業界や製品により異なりますが、年間20〜30%の顧客がアップセル/クロスセルするのが理想的です。
4. NPS(Net Promoter Score)
「この製品・サービスを友人や同僚に勧める可能性はどのくらいありますか?」という質問に対する回答をもとに算出する顧客ロイヤルティの指標です。
0-10点のスケールで評価してもらい、以下のように分類します。
- 推奨者(9-10点)
- 中立者(7-8点)
- 批判者(0-6点)
NPS = 推奨者の割合(%) – 批判者の割合(%)
業界によって異なりますが、一般的には以下のような目安があります。
- 0未満:改善が必要
- 0-30:良好
- 30-70:優良
- 70以上:世界クラス
5. リテンションレート(継続率)
一定期間後も契約を継続している顧客の割合です。チャーンレートと表裏一体の関係にあります。
(期首顧客数 – 期間内解約数) ÷ 期首顧客数 × 100
業種や契約形態によって異なりますが、年間90〜95%以上が理想的です。
代表的なカスタマーサクセス組織モデル5選
カスタマーサクセス体制は企業の規模やビジネスモデルによって最適な形が異なります。代表的な5つの組織モデルを紹介します。
1. オールラウンダー型
オールラウンダー型の特徴、適している企業、メリット、デメリットは以下の通りです。
項目 | 内容 |
特徴 | 少人数のCSメンバーが顧客対応を一貫して担当役割の専門分化が少ない迅速な意思決定と実行が可能 |
適している企業 | スタートアップや小規模企業顧客数が少ない段階製品が比較的シンプルな場合 |
メリット | 顧客に一貫した窓口を提供できる部門間の壁がなく情報共有がスムーズ変化に柔軟に対応できる |
デメリット | スケーラビリティに限界がある専門性の深化が難しい担当者の負担が大きくなりがち |
顧客数が50-100社を超え、対応の質にばらつきが出始めたら、より専門化されたモデルへの移行を検討すべきです。
2. スペシャリスト型
スペシャリスト型の特徴、適している企業、メリット、デメリットは以下の通りです。
項目 | 内容 |
特徴 | 機能別に専門チームを設置オンボーディング、サクセス、テクニカルサポートなど役割を分担各領域での専門性を高められる |
適している企業 | 成長段階の中規模企業複数の機能やサービスを提供している企業専門的なサポートが必要な製品を持つ企業 |
メリット | 各フェーズで専門的な対応が可能スケーラビリティが高いチーム内でのナレッジ共有が進みやすい |
デメリット | 部門間の連携が課題になりがち顧客が複数の窓口と対応する必要がある顧客情報の分断リスク |
チーム間の情報共有の仕組みを確立し、顧客から見て一貫性のあるサービス提供を心がけることが重要です。役割分担とハンドオフのプロセスを明確に設計しましょう。
3. セールス指向型
セールス型の特徴、適している企業、メリット、デメリットは以下の通りです。
項目 | 内容 |
特徴 | 営業チームとの連携を重視商談段階から顧客の成功イメージを構築アップセル・クロスセルの機会創出に強み |
適している企業 | エンタープライズ向けビジネス高額な製品・サービスを提供する企業営業主導の文化を持つ企業 |
メリット | 営業からCSへのスムーズな引き継ぎ顧客のビジネス目標への理解が深まる収益拡大につながりやすい |
デメリット | 短期的な売上目標と長期的な顧客成功のバランスが難しいCSとしての独立性が弱まる可能性がある技術的サポートが手薄になるリスク |
営業とCSの役割と評価基準を明確に分け、協力関係を構築することが重要です。両部門が共通のKPIを持ちつつも、それぞれの専門性を尊重する文化を作りましょう。
4. パートナーシップ型
パートナーシップ型の特徴、適している企業、メリット、デメリットは以下の通りです。
項目 | 内容 |
特徴 | 戦略的パートナーとして顧客のビジネス成長に貢献高度なコンサルティング機能を持つ顧客の業界・業務に関する深い知見が必要 |
適している企業 | 大企業向けソリューション提供企業顧客のビジネスに深く関わるサービスを提供する企業長期的な顧客関係が重要な企業 |
メリット | 顧客との強固な関係構築が可能高付加価値のサービス提供による差別化解約リスクの低減 |
デメリット | 高コスト構造になりがち高度な人材の確保・育成が必要少数の大口顧客への依存リスク |
業界や顧客業務に精通した人材の確保と、ナレッジ共有の仕組み作りが重要です。顧客との定期的な戦略レビューや成功指標の設定・評価を通じて、パートナーシップの価値を可視化しましょう。
5. エリア別型
エリア型の特徴、適している企業、メリット、デメリットは以下の通りです。
項目 | 内容 |
特徴 | 地域ごとにチームを編成地域特性に合わせたサポート提供時差対応が可能 |
適している企業 | グローバル展開している企業地域による文化・言語の違いがサービス提供に影響する企業対面サポートを重視する企業 |
メリット | 地域の特性に合わせたきめ細かい対応時差を考慮したサポート体制地域ごとの最適化が可能 |
デメリット | 地域間での品質のばらつき重複したリソース投資グローバル企業向けの一貫したサービス提供が難しい |
地域間での知見共有と標準化されたプロセスの確立が重要です。地域特性を活かしつつも、グローバルで一貫した品質を維持するためのガバナンス体制を構築しましょう。
カスタマーサクセス体制構築の成功事例とポイント
カスタマーサクセス体制構築の成功事例とそのポイントについて紹介します。
事例1:Sansan株式会社
Sansan株式会社は名刺管理サービスを提供する企業です。顧客セグメント別のアプローチと、データ分析に基づく能動的支援で成果を上げています。
顧客データを分析して健全度を可視化し、製品活用が停滞している顧客への早期介入や、業種別の成功事例共有を通じて顧客価値を最大化しています。特にデータ駆動型の意思決定と予測分析による先回り対応に強みがあります。
結果としてSaaSビジネスにおいて世界的に低い水準の解約率を維持しています。
公式サイトURL:https://jp.sansan.com/
参考記事:https://jp.corp-sansan.com/mimi/2023/10/interview-78
事例2:株式会社SmartHR
SmartHRは登録者数7万社以上、シェアNo.1の労務管理クラウドを運営する企業です。
顧客規模別に事業本部を分ける体制を整え、リニューアルマネージャーを新設するなど組織のアップデートを行っています。また、部門内ユニット連携の強化を行うことでリソースの最適化を図っています。
これらにより、事業とサービス品質を向上しています。
公式サイトURL:https://smarthr.jp/
まとめ:成功するカスタマーサクセス体制の構築に向けて
カスタマーサクセスは一度構築して終わりではなく、環境変化に合わせて進化させる継続的な取り組みです。「顧客の成功が自社の成功」という原則のもと、自社に最適な体制を構築しましょう。
カスタマーサクセス体制の重要ポイント
1. 顧客視点での体制設計:顧客の「成功」定義を明確にし、ジャーニーマップを基に体制を構築する
2. データドリブンな運用:ヘルススコアやKPIに基づく意思決定で、予測分析と先回り対応を実現する
3. 適切なリソース配分:顧客セグメント別のタッチモデル設計で、限られたリソースを最適化する
4. 全社的な取り組み:営業・プロダクト・マーケティング部門との連携体制を確立する
5. 継続的な改善サイクル:完璧を求めず小さく始め、顧客フィードバックを基に常に進化させる
6. 人材とテクノロジーのバランス:人的対応の質とスケーラビリティのバランスを取る
顧客のニーズや市場環境の変化に合わせて柔軟に進化させていくことが、長期的な成功の鍵となります。本稿が自社の特性に合った最適なカスタマーサクセス体制を構築する一助となれば幸いです。