カスタマージャーニー設計の基本と実践:ビジネスモデル別アプローチガイド

カスタマージャーニー設計の基本概念

カスタマージャーニー設計とは、顧客が製品やサービスに接触する最初の瞬間から購入後のフォローアップまで、顧客体験の全行程を可視化し、最適化するプロセスです。

近年のビジネス環境では、製品の機能や価格だけでなく、顧客体験の質が競争優位性を左右するようになっています。カスタマージャーニー設計を実践することで、顧客満足度の向上、ロイヤルティの強化、そして最終的には売上と利益の増加に繋がります。

本稿では実践的なジャーニーマップの作成テクニックや最適化戦略、そして成功事例についても紹介していきます。

B2C向けカスタマージャーニー設計の特徴と実践

B2C(企業対消費者)市場では、顧客は比較的短時間で多くの選択肢から購入判断を行い、感情的な要素が意思決定に大きく影響します。また、デジタルとリアルの境界が曖昧になる中で、一貫した顧客体験の提供が重要です。以下では、B2C特有の設計ポイントや実践方法について詳しく解説します。

購買意思決定プロセスが短いB2C特有の設計ポイント

B2C市場では、顧客は比較的短時間で購買の意思決定を行うことが特徴です。そのため、ジャーニー設計においては情報の明確さとアクションへの障壁を最小化することが重要になります。顧客が迷いなく次のステップに進めるよう、シンプルで直感的な導線を設計しましょう。

B2C購買意思決定の特徴設計ポイント実践例
衝動買いの発生感情的トリガーの活用限定商品の訴求、タイムセール
比較検討の短縮化情報の簡潔な提示スペック比較表、ユーザーレビュー
モバイルでの購買増加スマホ最適化シンプルな購入フロー、ワンクリック決済
SNSの影響力ソーシャルプルーフの活用口コミ、インフルエンサー活用

B2C市場では特に、顧客の心理的ハードルを下げることが重要です。さらに、顧客の不安や疑問を先回りして解消する仕組みも大切です。FAQ、返品・交換ポリシーの明確化、カスタマーサポートへの容易なアクセスなど、顧客の安心感を高める要素を各ステップに組み込みましょう。

感情に訴えかける体験設計とブランド構築

B2C市場では、合理的な判断基準だけでなく、感情的な要素が購買意思決定に大きく影響します。顧客の感情に働きかけ、ポジティブな体験を通じてブランドとの絆を強化する設計が重要です。

顧客の感情に響くストーリーテリングを活用し、製品やサービスの背景にある価値観やビジョンを伝えることで、単なる機能的価値を超えた感情的なつながりを構築できます。

感情的要素体験設計ポイント効果
共感ブランドストーリーの共有ブランドとの価値観の一致
驚き予想を超える体験の提供強い印象と記憶への残存
安心信頼性の証明購入不安の解消
所属感コミュニティ形成ブランドロイヤルティの向上

感情に訴えかける体験設計では、五感に働きかけるアプローチも効果的です。実店舗であれば店内の香り、BGM、商品の触感など、オンラインでは視覚的な演出や動画・音声コンテンツを活用することで、より豊かな感情体験を創出できます。

またパーソナライゼーションも重要な要素です。顧客の過去の購買履歴やブラウジング行動に基づいて、一人ひとりに合わせたレコメンデーションや特別なオファーを提供することで、「自分だけの特別な体験」という感覚を生み出せます。これにより顧客との感情的なつながりが強化され、ブランドロイヤルティの向上につながります。

経済産業省の「令和5年度電子商取引に関する市場調査報告書」によるとB2CのEC市場は年々増加しており、2023年度には14 兆 6,760 億円の市場規模となっています。市場の拡大を踏まえるとこのような体験設計はますます重要になっていきます。

オムニチャネルでの顧客接点創出

現代の消費者は、スマートフォン、PC、実店舗など複数のチャネルを行き来しながら購買活動を行います。B2C企業には、これらの多様な接点を統合し、一貫した体験を提供するオムニチャネル戦略の構築が求められています。

オムニチャネル戦略では、顧客がどのチャネルからアプローチしても同質の体験を得られるよう、各接点で提供する情報やサービスの一貫性を確保することが重要です。

オムニチャネル構築要素目的実装ポイント
顧客データ統合チャネル横断の顧客理解統合CRMの導入
在庫情報の一元管理正確な商品情報提供リアルタイム在庫システム
決済方法の連携購入の利便性向上統一された決済体験
パーソナライズされた体験関連性の高い提案チャネル横断の行動データ活用

オムニチャネル戦略の実装では、物理的な店舗とデジタルの融合が鍵となります。

また、顧客接点の創出においては、ソーシャルメディアや動画プラットフォームなど、顧客の日常生活に根ざしたタッチポイントを活用することも重要です。消費者がコンテンツを消費する場所に自然な形でブランドが存在することで、購買意欲の喚起につながります。

さらに、LINE公式アカウントやチャットボットなど、インタラクティブなコミュニケーションチャネルを確立することで、顧客との対話を通じた関係構築が可能になります。

B2B向けカスタマージャーニー設計の特徴と実践

B2B(企業対企業)市場では、複数の意思決定者が関与し、購買サイクルが長期化する傾向があります。また、感情よりも合理的な判断基準に基づく意思決定が行われ、継続的な信頼関係の構築が重要になります。以下では、B2B特有のカスタマージャーニー設計のポイントについて詳しく解説します。

複数意思決定者が関わるB2B特有の設計ポイント

B2B取引では、最終的な購買決定に複数の意思決定者や影響力を持つ関係者が関与することが一般的です。それぞれの役割や関心事が異なるため、各ステークホルダーに合わせた情報提供と体験設計が必要になります。効果的なB2Bジャーニー設計では、この複雑な意思決定プロセスを理解し、適切にアプローチすることが重要です。

意思決定者の役割主な関心事アプローチ方法
最終決裁者(経営層)ROI、戦略的価値ビジネスインパクトの提示
実務責任者運用性、機能性具体的な実装方法の説明
利用者使いやすさ、業務効率操作性のデモンストレーション
IT部門セキュリティ、既存システムとの互換性技術仕様の詳細提供

B2B向けのカスタマージャーニー設計では、各意思決定者のペルソナを明確に定義し、それぞれに最適化された情報と体験を提供することが成功の鍵です。

また、複数の意思決定者の合意形成をサポートするためのツールや資料の提供も重要です。社内での説明に使える資料、費用対効果の算出シート、比較検討表などを用意することで、提案の社内展開をスムーズにし、購買プロセスの加速につながります。

さらに、オンラインとオフラインの接点を組み合わせ、Webサイトでの情報収集からオンラインミーティング、対面での商談まで、シームレスな体験を設計することが重要です。

信頼関係構築を重視した体験設計と価値提案

B2B取引では、単発の取引より長期的なパートナーシップが重要視されます。そのため、カスタマージャーニー設計においても、一時的な感情に訴えかけるよりも、継続的な信頼関係を構築するアプローチが効果的です。信頼を醸成する体験設計と、顧客のビジネス課題を解決する価値提案が求められます。

信頼関係構築の基盤となるのは、専門性の証明と一貫したコミュニケーションです。業界知識や専門的な見識を示すコンテンツの提供、実績や事例の共有、透明性の高い情報開示などを通じて、信頼のおける事業パートナーとしての地位を確立します。

信頼構築要素実践方法効果
専門性の証明専門的なホワイトペーパー、ウェビナーの提供業界における権威性の確立
実績の共有詳細な事例研究、顧客証言の公開具体的成果の証明
透明性の確保価格体系の明確化、SLAの提示不確実性の低減
一貫したサポート専任担当者の配置、定期的なレビュー継続的な関係構築

価値提案においては、製品・サービスの機能だけでなく、顧客のビジネス課題や目標達成にどう貢献するかを明確に示すことが重要です。

また、B2B取引では購入後の実装やサポートも重要な要素です。製品導入のロードマップ、トレーニング計画、継続的なサポート体制など、購入後の成功を保証する要素もカスタマージャーニーの重要な部分として設計すべきです。こうした包括的なアプローチにより、単なる取引先ではなく、ビジネスパートナーとしての信頼関係を構築することができます。

長期的な商談サイクルに対応するナーチャリング設計

B2B取引の特徴の一つは、検討から購入決定までの期間が長期化することです。複数の関係者による慎重な意思決定が行われるため、数ヶ月から場合によっては1年以上のリードタイムが必要となります。このような長期的な商談サイクルに対応するためには、計画的なナーチャリング(見込み客育成)プロセスの設計が重要です。

効果的なナーチャリングでは、見込み客の検討段階に合わせて適切なコンテンツと働きかけを行い、徐々に関係性を深めていきます。初期段階では情報提供を中心に認知と教育を行い、中期では具体的な提案と価値証明、後期では導入支援や意思決定のサポートへと移行します。

検討段階ナーチャリング内容コミュニケーション手段
認知・教育段階業界トレンド、課題解決アプローチブログ、ホワイトペーパー、ウェビナー
検討段階具体的な解決策、事例研究メールマガジン、オンラインセミナー、デモ
比較評価段階競合比較、ROI分析個別ミーティング、詳細な提案資料
決定段階導入計画、契約条件対面ミーティング、カスタマイズ提案

長期的なナーチャリングでは、一貫したコミュニケーションと関係維持が鍵となります。また、定期的なタッチポイントを設け、見込み客の状況変化や新たなニーズを把握することも重要です

さらに、マーケティングオートメーションツールを活用することで、見込み客の行動に基づいた自動的なナーチャリングが可能になります。Webサイトでの閲覧履歴、ダウンロードしたコンテンツ、メールの開封状況などのデータを基に、個々の見込み客に最適なタイミングで適切な情報を提供できます。このようなデータドリブンなアプローチにより、長期的な商談プロセスを効率化し、コンバージョン率を高めることができます。

ジャーニーマップ作成の実践テクニック

カスタマージャーニーマップは、顧客体験を可視化し、改善点を特定するための強力なツールです。効果的なマップを作成するには、顧客の行動だけでなく、思考や感情も含めた多角的な視点が必要です。以下では、ジャーニーマップ作成の実践的なテクニックについて解説します。

行動・思考・感情の3軸で顧客体験を可視化する

効果的なカスタマージャーニーマップは、顧客の表面的な行動だけでなく、その背後にある思考や感情も捉えることで、真の顧客理解につながります。行動・思考・感情の3軸でジャーニーを可視化することで、顧客体験の全体像を把握し、真のペインポイントや改善機会を特定できます。

行動軸では、顧客が実際に行うアクションやタッチポイントとの接触を時系列で整理します。思考軸では、各ステップでの顧客の疑問や期待、判断基準を明らかにします。感情軸では、各接点での満足度や感情変化を可視化し、ポジティブな感情を生み出す機会やネガティブな感情を解消すべきポイントを特定します。

例えば以下のように考えます。

ジャーニー段階行動思考感情改善機会
認知SNS広告をクリック「このサービスは自分の課題を解決できるか?」期待・好奇心課題解決のイメージを具体的に提示
比較検討製品情報ページを閲覧「他社と比べてどんな特徴があるのか」混乱・不安比較表の提供、選択の簡素化
購入決定購入ボタンをクリック「本当にこれで良いのか」不安・期待保証・返品ポリシーの明示
初期利用製品のセットアップ「うまく使いこなせるだろうか」戸惑い・達成感チュートリアルの改善

3軸での可視化により、表面的な行動データだけでは見えてこない洞察が得られます。また、感情曲線を描くことで、ジャーニー全体での感情の起伏を把握し、特に改善が必要なネガティブなピークを明確にできます。

実際のマップ作成では、カスタマーインタビュー、アンケート調査、行動ログ分析などの多角的な調査を組み合わせて、3軸のデータを収集します。定量データと定性データを組み合わせることで、より正確で深い顧客理解が可能になります。

また、ワークショップ形式で社内の異なる部門のメンバーと協働してマップを作成することで、多様な視点を取り入れつつ、組織全体での顧客理解の共有にもつながります。

業界別テンプレートを活用し工数を削減する

効率的なカスタマージャーニーマップ作成には、ゼロから始めるのではなく、業界別のテンプレートを活用することが有効です。業界特有の一般的なジャーニーパターンをベースにすることで、作成工数を大幅に削減しつつ、自社の状況に合わせたカスタマイズが可能になります。

業界別テンプレートは、その業界特有の顧客行動パターンや意思決定プロセスが組み込まれているため、基本的な枠組みとして活用できます。

テンプレートを活用する際は、業界標準の枠組みをベースにしつつも、自社の特徴や強みを反映させるカスタマイズが重要です。まず基本的なステージ構成や要素を取り入れた後、自社の顧客データや調査結果に基づいて、タッチポイントや顧客の思考・感情を詳細化していきます。

また、複数の業界テンプレートを組み合わせることで、新たなビジネスモデルやクロスセクター型のサービスにも対応できます。

テンプレートの利用により基本設計の時間を短縮できるため、より多くのリソースを顧客インサイトの収集や具体的な改善策の立案に充てることができるでしょう。

VOC調査データを効果的にマップに反映させる

Voice of Customer(VOC)調査から得られた顧客の声は、カスタマージャーニーマップに深みと信頼性を与える貴重な情報源です。しかし、膨大なVOCデータを効果的にマップに反映させるには、体系的なアプローチが必要です。以下では、VOCデータを最大限に活用するための方法について解説します。

VOCデータには、アンケート、インタビュー、カスタマーサポートの記録、ソーシャルメディアの投稿、レビューなど様々な形式があります。これらの多様なデータソースから得られた情報を統合し、ジャーニーマップに反映させるためには、まず情報の分類と構造化が重要です。

VOCデータの種類活用方法ジャーニーマップへの反映ポイント
定量的データ(アンケート、評価)満足度スコアの可視化、改善優先度の判断感情曲線へのプロット、重要度の表示
定性的データ(インタビュー、コメント)顧客の言葉による体験の理解、具体的ニーズの把握顧客の生の声の引用、思考・感情の詳細化
行動データ(クリック率、離脱率)実際の行動パターンの把握、障壁の特定行動フローの最適化、問題点の視覚化
感情データ(感情分析、評価)感情の変化点の特定、ポジティブ/ネガティブ体験の把握感情曲線の作成、感情変化の要因分析

VOCデータをジャーニーマップに反映させる際の重要なポイントは、データの文脈化です。単に数字やコメントを羅列するのではなく、ジャーニーの各ステージにおいて顧客が何を経験し、何を感じているのかが理解できるように情報を整理します。

また、VOCデータの分析においては、セグメントごとの違いに注目することも重要です。年齢層、購買頻度、利用歴などによって顧客体験は大きく異なる場合があります。セグメント別の分析結果をジャーニーマップに反映させることで、ターゲットに合わせたパーソナライズされた体験設計が可能になります。

VOCデータの収集と分析は一度きりではなく、継続的なプロセスとして実施することが望ましいです。定期的にデータを更新し、顧客の声の変化をジャーニーマップに反映させることで、市場の変化や自社の改善施策の効果を把握できます。このような継続的なアプローチにより、常に最新の顧客インサイトに基づいた体験設計が可能になります。

カスタマージャーニー最適化のための実践戦略

カスタマージャーニーを可視化したら、次はそれを最適化して具体的なビジネス成果につなげることが重要です。ここでは、顧客獲得コストの削減、解約率の低減、クロスセル・アップセル機会の創出という3つの主要な目標に焦点を当て、それぞれに効果的な実践戦略を解説します。

顧客導線設計で顧客獲得コストを削減させる

顧客獲得コスト(CAC)の削減は、多くの企業にとって重要な経営課題です。効果的な顧客導線設計により、マーケティング効率を高め、無駄な支出を削減しながら質の高い見込み客を獲得することができます。

まず重要なのは、顧客獲得プロセスの現状を正確に把握することです。各マーケティングチャネルのコスト、コンバージョン率、顧客の流入経路などを詳細に分析し、非効率なポイントを特定します。次に、ジャーニーマップを活用して顧客の行動パターンや障壁を理解し、導線を最適化することで、コンバージョン率の向上と獲得コストの削減が可能になります。

導線最適化ポイント実践方法期待効果
ターゲティングの精度向上顧客データ分析によるペルソナ精緻化広告費効率化、質の高いリード獲得
ランディングページの最適化A/Bテストによる継続的改善コンバージョン率向上
フォーム設計の簡素化必須項目の最小化、段階的情報収集離脱率低減
ナーチャリングプロセスの強化コンテンツマーケティング、リマーケティング見込み客の質向上

顧客導線設計で特に重要なのは、顧客の「自然な行動パターン」に沿った流れを作ることです。

また、リードスコアリングの導入も効果的な戦略です。すべての見込み客に同じアプローチをするのではなく、行動履歴や属性に基づいて購買確度を評価し、スコアの高い見込み客に重点的にリソースを投入することで、効率的な顧客獲得が可能になります。

さらに、既存顧客のリファラル(紹介)を活用することも、獲得コスト削減の有効な手段です。満足度の高い既存顧客に紹介プログラムを提供することで、信頼性の高い新規顧客を低コストで獲得できます。ジャーニーマップ上に紹介ポイントを戦略的に配置し、既存顧客が自然に紹介したくなるような体験を設計することが重要です。

顧客体験設計で解約率を低減させる

サブスクリプションモデルや継続的なサービス提供を行うビジネスでは、顧客の解約率(チャーン率)の低減が収益性に直結します。優れた顧客体験設計により、顧客ロイヤルティを高め、解約リスクを軽減することができます。

解約率低減のためのカスタマージャーニー設計では、特に「オンボーディング」「価値実感」「継続利用」「危機管理」の4つのフェーズに注目することが重要です。各フェーズで顧客の失敗リスクを最小化し、成功体験を最大化する設計を行うことで、長期的な関係構築が可能になります。

解約防止の重要フェーズ体験設計ポイント実践方法
オンボーディング初期成功体験の創出段階的なガイダンス、クイックウィン設計
価値実感投資対効果の可視化定期的な利用レポート、成果の数値化
継続利用習慣化の促進リマインダー、定期的な機能アップデート
危機管理解約リスク兆候への早期対応利用頻度低下の検知、個別フォロー

オンボーディングフェーズでは、顧客が製品やサービスの価値を素早く実感できるよう、最初の成功体験を設計することが重要です。複雑な機能をすべて一度に紹介するのではなく、コア機能から段階的に習得できるようなガイダンスを提供します。

価値実感フェーズでは、顧客が製品やサービスから得ている具体的なメリットを可視化します。利用状況レポートや達成した成果の数値化など、投資に対するリターンを定期的に示すことで、継続利用の動機付けを強化できます。

継続利用フェーズでは、製品やサービスの利用を顧客の日常に組み込み、習慣化させることが重要です。定期的なリマインダー、新機能の紹介、使い方のヒントなど、継続的なエンゲージメントを促すタッチポイントを設計します。また、ユーザーコミュニティの構築や定期的なウェビナーの開催なども、顧客の帰属意識を高め、解約リスクを低減する効果があります。

危機管理フェーズでは、解約リスクの兆候を早期に検知し、先手を打った対応を行います。利用頻度の低下、サポートへの問い合わせ増加、支払い遅延などの兆候があった場合、カスタマーサクセスチームが個別にフォローし、問題解決を支援することで、解約を防止できます。また、退会プロセス自体も重要な設計ポイントです。退会理由の聴取や代替プランの提案など、最後の接点も顧客体験の一部として丁寧に設計することで、再開の可能性を残すことができます。

接点管理でクロスセル・アップセル機会を創出する

既存顧客へのクロスセル(関連商品の販売)やアップセル(上位商品への移行)は、顧客単価を高め、収益性を向上させる重要な戦略です。カスタマージャーニー設計において、適切なタイミングと方法で追加価値を提案する接点を管理することで、自然な形でのクロスセル・アップセル機会を創出できます。

効果的なクロスセル・アップセルのためには、顧客の利用状況や成熟度を正確に把握し、それに応じたパーソナライズされた提案を行うことが重要です。ジャーニーマップ上で、顧客が新たなニーズを感じる可能性が高いポイントを特定し、そこに適切な提案を組み込みます。

クロスセル・アップセルポイント接点管理のポイント実践方法
初期成功後基本機能の習得完了を検知「次のステップ」としての追加機能紹介
利用限度接近時リソース使用率の監視アップグレードの自然な提案
定期レビュー時利用実績の分析提示成果を拡大するための追加製品提案
新たなニーズ発生時行動パターンの変化検知関連製品の適時提案

クロスセル・アップセルの提案は、単なる追加販売ではなく、顧客の成功をサポートする文脈で行うことが重要です。このとき、具体的な成功事例や期待できる追加価値を明確に示すことで、提案の説得力が高まります。

また、顧客の行動パターンや利用データを活用したタイミングの最適化も重要です。接点管理においては、複数のチャネルを統合的に活用することも効果的です。複数の接点で一貫したメッセージを伝えることで、提案の理解と受け入れを促進できます。同時に、過度な営業圧力とならないよう、顧客の反応を見ながら適切な頻度とトーンで提案することが重要です。

事例から学ぶ成功ポイントと実装方法

実際のビジネスにおけるカスタマージャーニー設計の成功事例を分析することで、実践的な知見を得ることができます。以下では、B2CとB2Bそれぞれの市場における代表的な成功事例から、その実装ポイントと成果について解説します。

B2C成功事例:オムニチャネル体験の構築

B2C市場において、オンラインとオフラインの境界を越えた一貫した顧客体験を提供することは、競争優位性の源泉となります。以下では、オムニチャネル体験構築に成功した企業の事例から、そのアプローチと成果を解説します。

無印良品は、実店舗、ECサイト、スマートフォンアプリを統合したオムニチャネル戦略で顧客体験の向上に成功した代表的な事例です。同社は顧客ジャーニーの綿密な分析に基づき、各チャネルの特性を活かしながら一貫した体験を提供しています。

無印良品のオムニチャネル戦略では、アプリを中心としたデジタル接点と実店舗体験の融合が特徴的です。顧客IDを統合し、購買履歴や好みを一元管理することで、チャネルを超えたパーソナライズされた提案を実現しています。

無印良品のオムニチャネル施策目的顧客体験への影響
アプリ内在庫確認機能店舗訪問前の準備サポート確実な購買体験の提供
オンライン注文・店舗受取利便性と店舗体験の両立追加購入機会の創出
統合ポイントシステムチャネル横断の顧客認識ロイヤルティの向上
パーソナライズドレコメンデーション過去の購買に基づく提案関連商品の発見体験

無印良品のアプローチの核心は、各接点が孤立したものではなく、顧客の生活文脈に合わせて自然に連携する体験設計にあります。

このオムニチャネル戦略の結果、無印良品は顧客満足度の向上、顧客単価の増加、そして複数チャネルを利用する顧客のロイヤルティ向上という成果を実現しています。統計によれば、複数チャネルを利用する顧客は、単一チャネルのみの顧客と比較して平均購入額が1.5倍以上に達するという効果も報告されています。

同社の成功から学べる重要なポイントは、テクノロジーの導入自体が目的ではなく、顧客の文脈に沿った自然な体験を提供するための手段として活用している点です。また、顧客データを一元管理し、それを基にした継続的な体験改善サイクルを確立していることも、持続的な競争優位につながっています。他社がこのアプローチを応用する際は、自社顧客の行動パターンを深く理解し、独自の強みを活かした形でチャネル統合を進めることが重要です。

参照:

東洋経済ONLINE,コロナ禍に最高益「無印」人気商品が次々出せる訳,2025/4/30閲覧

繊研新聞社,無印良品のアプリ「ムジパスポート」にコインプラスを導入,2025/4/30閲覧

B2B成功事例:カスタマーサクセスとの連携強化

B2B市場では、製品やサービスの販売後の成功体験が顧客維持と事業拡大に直結します。カスタマーサクセス機能とカスタマージャーニー設計を緊密に連携させることで、顧客の長期的な成功と自社の収益成長を両立させた事例を紹介します。

クラウドベースのCRMプラットフォームを提供するSalesforceは、顧客のビジネス成果に焦点を当てたカスタマージャーニー設計とカスタマーサクセスの連携強化で、CRM市場シェアで8年連続1位を獲得しています。同社は顧客の成熟度に応じた段階的なジャーニーを設計し、各段階に適した支援を提供することで、顧客の成功体験を最大化しています。

Salesforceのアプローチでは、顧客のビジネス目標達成を支援するジャーニー設計が中心です。製品機能の使用率ではなく、顧客が達成したビジネス成果を重視した評価指標を採用しています。

Salesforceのカスタマーサクセス施策目的顧客体験への影響
成熟度別セグメンテーション顧客のニーズに合わせた支援適切なリソース配分と満足度向上
ビジネス成果ダッシュボードROIの可視化価値実感の促進と更新意欲向上
定期的な成功レビュー進捗確認と課題特定問題の早期解決と関係強化
カスタマーコミュニティピアラーニングの促進知識共有と帰属意識の向上

Salesforceのカスタマージャーニー設計では、導入段階から拡張段階まで、顧客の成熟度に合わせた段階的なアプローチを採用しています。初期段階では基本機能の定着と初期成功の実現に注力し、成熟段階では高度な活用法の提案や部門横断的な展開をサポートしています。各段階で明確なKPIを設定し、顧客と共有することで、共通の成功イメージを持った協働が可能になっています。

Salesforceの事例から学べる重要なポイントは、製品機能の利用状況だけでなく、顧客のビジネス目標達成を中心に据えたジャーニー設計を行っている点です。カスタマーサクセスチームが顧客の業界や事業特性を深く理解し、単なる技術サポートを超えたビジネスコンサルタントとしての役割を果たすことで、顧客との長期的な信頼関係を構築しています。

このアプローチを応用する際は、自社製品・サービスが顧客のビジネスにもたらす具体的な価値を明確化し、その実現をサポートするジャーニー設計を行うことが重要です。

参照:

Salesforceブログ,DX成功の秘訣は外部パートナーとお客様にあり ~製造企業の元DX推進経験者が語るDXの進め方~,2025/4/30閲覧

公式サイトURL:https://www.salesforce.com/jp/?ir=1

まとめ:ビジネスモデルに合わせたカスタマージャーニー設計のロードマップ

カスタマージャーニー設計は、B2CとB2Bそれぞれのビジネスモデルの特性を理解し、顧客の行動・思考・感情に基づいた体験を構築することで、顧客満足度の向上とビジネス成果の最大化につながります。この記事では、B2C向けとB2B向けの特徴的なアプローチ、実践的なジャーニーマップ作成テクニック、実効性の高い最適化戦略、そして参考となる成功事例について解説してきました。

これらの知見を活かし、カスタマージャーニー設計を進めるためのロードマップとして、以下のステップを推奨します。まず、現状の顧客体験を詳細に分析し、ペインポイントと機会を特定します。次に、自社のビジネスモデルに適したジャーニーマップを作成し、優先度の高い改善ポイントを選定します。そして、データに基づいた継続的な改善サイクルを確立し、顧客体験と事業成果の双方を向上させる持続的な取り組みを進めてください。

顧客体験の質が競争優位性の源泉となる現代のビジネス環境において、カスタマージャーニー設計は単なるマーケティング施策ではなく、企業戦略の中核を担うものです。顧客視点に立った体験設計と、それを実現するための組織横断的な取り組みが、長期的な事業成長の基盤となることでしょう。

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